平成29年5月18(木)午後、星陵会館(東京都千代田区)において、第27回特別講演会が、通常総会に引続き開催されました。今回は、一昨年度のダム工学会会長であった浜口氏に講演をお願いしました。
浜口氏は、ダム工学会の会長として、気候変動の問題や、社会・経済環境の変化、河川環境や流砂系に関する知見の蓄積など、考慮すべき新しい要素が出て来ていることから、ダムの計画面、上流側の課題を整理したいと考えられ、ダム工学会内に『これからの成熟社会を支えるダム貯水池の課題検討委員会』を平成27年9月に設置し、自らその委員長として作業を指揮し、平成28年11月に報告書としてとりまとめられました。講演では、その要点について、お話をしていただきました。
『これからの成熟社会を支えるダム貯水池の課題と提言』
講 師 株式会社安藤・間
土木事業本部顧問 浜口達男
講 演 風 景
1. 委員会設置の趣旨、構成
ダム貯水池は様々な分野でわが国の経済・社会を支えてきた。今後、中長期的にダム貯水池がわが国の社会経済を支え一層の効用を発揮していくためには、計画・運用・管理面においてどのような課題に取り組むべきか、また、その解決の方向性はどのようなものか、について総合的な検討を行った。 検討に際しては、ダム貯水池の持つ様々な役割に対応し、委員会への幅広い分野の専門家の参画を得るとともに、多くの資料の収集分析等のため作業部会を設置した。
2. ダム貯水池ストックとその役割等の現状
(1) ダム貯水池ストックの現状
新規ダムの建設は減少傾向となっているが、約2,700基、総貯水容量約270億m3 、湛水面積約2,100km2に及ぶダム貯水池ストックは、用水・エネルギーの供給、洪水被害の軽減等の面でわが国にとって不可欠な大きな役割を果たしている。
(2) ダム貯水池の役割等の現状
・用水の安定供給という点で、水道用水については、約5割がダムを水源とするものとなっており、農業用水や工業用水についても、ダム貯水池は重要な役割を果たしている。また、地下水利用から表流水利用への転換(地下水の汲み上げに伴う地盤沈下対策)にダム貯水池が重要な役割を果たしている。
・水力発電のシェアは、発生電力量の約9%、発電設備容量の約19%となっている。
・堆砂についてのデータが公開されている約1,000 基のダムのうち、すでに堆砂容量を超えて堆砂しているダムが約20%、計画上の比堆砂量を超えるスピードで堆砂しているダムが約60%存在する。
・環境に及ぼす影響を回避・低減するため、様々な環境保全対策が実施されている。
・全国の国土交通省と水資源機構の管理ダムにおける、ダムとダム湖利用者の年間延べ総数は、1,300万人以上に達している。
・効率的で効果的なダムの維持管理を実現することを目的として、ダム総合点検等が実施されている。
(3) ダム再開発の状況
ダム再開発の事例として、笹倉ダムと益田川ダムの容量再編の事例がある。これは、既設の治水専用の笹倉ダムの下流に益田川ダムを新設する際に、容量配分の最適化を行った事例である。
ダム機能を確保するために、近年では、美和ダムのように、分派堰、土砂バイパスを設けるような堆砂対策が多く実施されるようになっている。また、機能代替の取り組みとして、川上ダムの事例がある。これは、水系内の既設ダムの堆積土砂の除去において、施工時に貯水位を下げることで効率的な施工を行うことを目的として、新設の川上ダムにその代替補給容量を確保したものである。
3. 3つの大きな環境変化と将来見通し
(1) 3つの大きな環境変化
今後の社会・経済やダムの計画・運用に大きな影響を与える要素として、3つの大きな環境変化(人口減少・気候変動・低頻度だが甚大な被害をもたらす災害)を取り上げて分析した。
・日本の総人口は2008(平成20)年から減少局面に入った。人口減により水道利用者も減となる。
・気候については、年平均気温は全国的に上昇が予測され、大雨による降水量も全国的に増加することが予測されている。低水への主な影響としては、無降水日数の増加や積雪量の減少による渇水の頻発化が挙げられる。また、今後は基本高水を超える洪水の発生頻度が増大すると予測されている。
・東日本大震災のように、低頻度だが甚大な被害をもたらす災害への対応が重要である。
(2) 将来見通し
今後数十年スパンで見た場合、ダム貯水池の役割のどのような分野が重要となるか、また、どのような事柄に留意すべきかについて定性的な評価を試みた。
・用水の安定供給
農業用水の需要量は余り減らないが、気候変動に伴う異常渇水や年間流況変化等が貯水池運用に及ぼす影響と対策を検討する必要がある。水道用水は、需要減少に対する貯水池管理面での対応方策(他用途への転用等)についても検討する必要がある。
・水力発電
エネルギーの安全保障の面からも重要である。再生可能エネルギー開発促進のための固定価格買取制度(FIT:Feed-in Tariff)の対象をより大規模な水力発電についても拡大し、その開発を促進すべきである。
・洪水被害の軽減
気候変動に伴う極端な豪雨現象に対し、洪水調節機能を強化する必要がある。河川整備基本方針レベルへの安全度向上のためには、少なくとも26億m3の洪水調節容量の増強が必要である。
・流水の正常な機能の維持
河川整備基本方針の正常流量値を下回る値を設定している水系が、木曽川水系、北上川水系等複数存在しており、河川整備基本方針レベルの正常流量確保に向け、着実に不特定容量を増強する必要がある。
・堆砂問題への対応
黒部川のように、平衡堆砂の考えに基づく長期的対策の検討を行う必要がある。
・レクリエーション・観光
更なるダムとダム湖の利活用を検討する必要がある。
4. 課題・解決方策の枠組み:4つのフェーズ
わが国のダムストックを適切に維持してその効用を長期に発揮させ、さらに状況の変化に対応して必要な機能を確保していくための基本的な枠組み(考え方)を検討し、4つのフェーズ(永く使う、賢く使う、増やして使う、ネットワークで使う)に応じた取組みが重要と考えた。
5. 9つの提言
今後特に重要になると考えられる以下の9つの課題を取り上げ、提言を行った。
・洪水調節機能の一層の向上
ダム堆砂の抑制・貯水容量の回復(平衡堆砂の考え方の導入)、ダム運用の高度化・容量再編成等、洪水調節容量の増強が重要。
・用水安定供給機能の強化
気候変動に伴う異常渇水、大地震・激甚な豪雨災害等の危機への対応が重要で、水源のネットワーク化の推進や、不特定容量や渇水対策容量の増強が効果的。
・水力発電の一層の活用
残された大規模水力開発地点の発掘努力、既存のダムを活用した中小水力開発、太陽光発電等の電力変動の調整機能の発揮、揚水発電用としてのダムの活用等の方策が考えられる。
・流域レベルでの貯水池機能の連携・再編成及び合意形成ルールの整備
一つの流域の中に複数のダムが存在する場合が多いが、個別ダムの目的に最適化されたものの集積となっており、全体最適とはなっていない。中央レベルでの共通理解の醸成、合意形成ルールの整備が重要。
・バックアップ容量の具体化手法
平常時は他目的(発電)として用い、必要時に減電相当分の負担によりバックアップ容量として他事業者の利用に供する方式を提案。
・貯水池運用技術面での展開
洪水調節効果を最大限発揮させるために、洪水予測とダム操作の高度化が重要。
・ダムの安全確保
ダムの緊急事態の設定とリスク評価手法の確立、損傷・破壊モードの研究やダムの挙動予測に関する技術開発が重要。
・ダム長寿命化のための技術開発等
点検・診断・モニタリング技術の開発とともに、維持管理体制の検討が必要。
・ダムへの理解向上および次世代の担い手確保に向けて
情報発信と知識管理戦略や技術者教育戦略を進める必要がある。
6. おわりに
各種課題は、総合的かつ学際的な研究が必要なものであり、ダム工学会が取り組むべきものである。ダム工学会の中に、本委員会のフォローアップのための組織ができるという話もあり、今後の活動に期待している。
最後に、ご多忙な中、講師を引き受けて頂き、資料準備をしていただいた浜口氏に深く感謝致します。
なお、『これからの成熟社会を支えるダム貯水池の課題検討委員会』報告書は、5月23日(火)よりダム工学会のウェブサイトの会員専用サイトに、また、報告書の概要については、6月発行の「ダム工学」Vol.27
No.2に掲載されています。併せてご覧ください。
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